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by bluecult
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テオティワカン遺跡(2)
9日目(2005/4/15)Mexico City

<ケツァルコアトルの神殿>
c0035559_18203799.jpg入り口を入ると、目の前にあるのが、
城壁に囲まれたケツァルコアトルの神殿。高さ22mほどで、壁面に羽毛のある蛇の神ケツァルコアトルと雨の女神トラロックが飛び出すように彫られている。ところどころ、オリジナルの色が残っている。(いかに鮮やかだったかは、レプリカで確認できる)城壁のようなもので四方を囲まれているが、「城壁」と名付けたのはスペイン人で実際城壁かどうかは不明。

ケツァルコアトルの神殿を見終わった後、ドライバー兼ガイドのセサルは、車を月のピラミッドの方にある駐車場に移動しておくから2時間後に駐車場で、と言い残して行ってしまった。ガイドってこれだけ?と思ったけど、自分たちのペースで動けるからいいんだけどね。


<太陽のピラミッド>
c0035559_1975373.jpg高さ65m、底辺225m。
テオティワカンの中で最大の建造物。
世界で3番目にデかいピラミッド。

城壁と月のピラミッドのちょうど真ん中くらいに建っている。平らな頂上には、かつて神殿が建っていたらしい。そして、内部にはもう一つピラミッドが眠っているそうだ。年2回、太陽がこのピラミッドの真上に来るように、設計されている。階段は結構急で、頂上まで上るのはしんどいけど、頂上に辿り着いた時には、気持ちいい風とすばらしい眺めで、きっと疲れも癒される・・・はず、だったが、イヤなものを見てしまった。太陽のピラミッドを上っている時に、子供たちに追いつかれて、頂上で一緒になったのだが子供たちは頂上から平気でペットボトルを投げ捨てていた。先生注意しろよ、と思っていたら、その先生が噛んでいたガムを頂上の床に吐き捨てるのを見てしまった。おいおい、親が親なら・・・じゃないけど、先生が先生なら生徒もこうなるわな。
これもお国柄なのかなぁ。

c0035559_2214732.jpgc0035559_2395296.jpg太陽のピラミッドの南側にあるシティオ博物館にも入ってみた。狭い館内に大勢の子供たちと一緒に入ったので、ゆっくり見る暇がなかったが、出土品が展示してあったり当時のテオティワカンのジオラマがあった。

子供たちは相当日本人が珍しかったようで、一緒に写真を撮ってくれ、って何度言われたことか。最初は快くOKしてたんだけど、数人で私たちのところへ来ても、なぜか一人ずつ写真を撮るので、だんだん面倒になって最後の方、無視してたら、スペイン語が分からないと思ったらしく、今度は子供に頼まれた先生が出てきて、「写真撮ってやってくれ」って英語で言われた。断るわけにもいかず、写真に応じる。しかも、フラッシュ撮影禁止なのに、構わずフラッシュ焚いて撮ってるし。博物館を出て歩いていても、前を歩いていた子供たちが、なんの承諾もなく歩きながら私たちの写真を撮ってるし・・・。メキシコに日本人なんてたくさんいるんじゃ??帰って家族に見せるんだろうな。


<月のピラミッド>
c0035559_19855.jpg太陽のピラミッドの頂上から見た月のピラミッド。

高さ42m、底辺150m×130m。
テオティワカンで2番目に大きいピラミッドだが、少し高台に建っているため、頂上の高さは太陽のピラミッドとほぼ同じ。
c0035559_19275814.jpgテオティワカンでは、ピラミッドは
墳墓ではなく、宗教儀礼のために
建造された。ピラミッド前の広場の大きさから、大きな宗教儀礼は太陽のピラミッドではなく月のピラミッドを中心に行われていたと考えられている。

月のピラミッドの上からの景色が一番いい。
月のピラミッドからまっすぐ伸びる死者の道もそうだが、遺跡全景が見渡せてなんだかエラくなった気分(笑)
c0035559_1981699.jpg





— アステカの太陽と月の神話 —

第4の太陽が洪水で失われた後、光の神であるケツァルコアトル(羽のある蛇)と、
闇の神で煙を吐く鏡テスカトリポカという相反する性格の2人の神が、
力を合わせてまず大地を造った。
大地ができた後、ケツァルコアトルは犬の神ショロトルと地底世界へ行き、
第4の世界で洪水で死んだ人々の骨を取り返して、 トウモロコシのように砕いて粉々し、
それに神々の血を混ぜて現在の人間の姿を作った。

自分たちの体を犠牲にして、人間と植物を創った神々は、次は第5の太陽(ナウイ・オリン)を
創り出そうと、暗闇の中、テオティワカンに集まった。
太陽の候補に、まず放漫なテスシクテカトル、その後病弱で地位も低いナナワツィンが志願した。
選ばれた2人の神は、4日間断食をし、太陽になるための苦しい修行を始めた。
他の神々は、この2人の修行のために、それぞれに対して大きなピラミッドを建ててやった。

何日か経って修行を終え、いよいよ太陽となるため、燃え盛る焚き火の中に身を投じる時がきた。
テクシステカトルは炎を前に、4度火に向かって走り、 そのたびに引き返した。
ナナワツィンはいさぎよく飛び込んだ。それを見たテクシステカトルも、火の中に飛び込んだ。

暗闇の中、神たちは、どの方向から太陽が昇るのか今か今かと待っていた。
最初に、ナナワツィンが太陽になって東から姿を見せた。
ところがしばらくして、テクシステカトルも太陽となり、東から姿を現わした。
同じ方向に2つの太陽が昇ってしまい「これは困った」と神々は話し合った。
そのうちに、神々の1人が「火の中になかなか入らなかったのは実にけしからん」と言って、
テクシステカトルの太陽に向かって、ウサギを投げつけた。
その時から、テクシステカトルの光が薄れてしまい、月になった。
表面には、ウサギ形のあざが残った。

太陽と月ができたのはよかったのだが、両方とも一向に動く気配をみせない。
両方の神とも死んでしまったのだ。神々は考えた。そして、自分たちも犠牲になり、
太陽と月を生き返らせようということになり、みんな死んでいった。
すると、太陽が動き出し、しばらくして別の道をたどって月も動き出した。
こうして、太陽と月は別々に現われるようになった。

神々の犠牲によってできた「動く太陽」を永遠に動かせるためには、
人間も神々のように犠牲にならねばならないという信仰のもと、
生け贄の祭はアステカ人の生活に欠かせないものになった。
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by bluecult | 2005-06-05 18:02 |  ┣メキシコ
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