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by bluecult
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チチェン・イツァー遺跡(2)
4日目(2005/4/10)Mérida

■新チチェン・イツァー
<エルカスティージョ>
c0035559_19482377.jpg9世紀初頭に完成したと言われる神殿。
高さ25mで、9層の基盤を持ち、四面全てに階段がある。メソアメリカのピラミッド様式の神殿は、正面に階段を持つのが特徴らしいが。
階段の段数と基壇部の浮き彫りはすべてはマヤの農耕歴(ハアブ歴)と祭事歴(ツォルキン歴)を象徴している。

春分と秋分の日には、蛇頭ククルカンが残っている北側の階段に羽の影が出現する。(ぜひこの目で見てみたい〜!)
神殿の内部にも入ることができる。薄暗く、しかも細く急な階段を上ると、小さな神殿があり、チャック・モール像と翡翠の目を持つ赤いジャガー像がある。中はとても狭い(階段ですれ違えない)ので、入場制限をしている。

階段はかなり急だけれど(写真参照)、一番上まで上がった時の達成感と爽快感は格別。1周すれば360度見渡せる。果てしなく続く密林の中にポツポツと建造物の頭が顔を出している。
c0035559_1326963.jpgc0035559_1330637.jpg

<戦士の神殿>
c0035559_20163340.jpg石柱群に囲まれていることから、「千本柱の神殿」と呼ばれている。上壇には生け贄の心臓を捧げたチャック・モール像が置かれている。これもトルテカ文化の影響。

<ツォンパントリ>
c0035559_20324648.jpgツォンパントリとは「頭蓋骨の城」という意味。ここは生け贄の骸骨を大衆にさらす場所。これもトルテカ文化の影響。

<ジャガーと鷹の台座>
c0035559_20373412.jpgc0035559_2349288.jpg見えるかな?
左側に鷹、右側にジャガーのモチーフ。鷹は昼間の世界を支配する神、ジャガーは夜の世界を支配する神として崇められた。

この辺りの森にも棲んでいるジャガーを、マヤの人々は畏れていたのと同時に強さのシンボルとして見ていた。
トルテカ人は鷹を強さのシンボルとして見ていたようなので、このあたりにもトルテカの影響が出ているということだろうか。ガイドさんの説明では、鷹とジャガーでは、鷹の方が上らしい(・・・うろ覚え)。

<球戯場>
c0035559_004242.jpg全長150mもあるメソアメリカ最大の球戯場。
生ゴムのボールをサポーターをはめた上腕や足などを使って、壁の上部に付いている輪にくぐらせるゲームが競われた。マヤ人にとって球戯というのは豊穣を祈る宗教儀式だった。

コートの中は、よく音が響くように設計されている。当時は、コートの端と端にいる者(地位の高い者がこの位置に座ったらしい)が普通の大きさの声で普通に会話していたらしい。

勝ったチームのキャプテンは、その栄光を担い、生け贄として捧げられたという。輪の下あたりの基壇部分の壁には、その様子が描かれている。流れ出る7本の血潮が7匹の蛇となり、その先からは植物が芽を出そうとしているのが分かる。c0035559_002390.jpg

<ジャガーの神殿>
c0035559_23543647.jpg球戯場の東の壁に作られた小神殿。
その正面にはジャガー像が置かれている。その後ろの壁には、戦争の様子が描かれているが、これは10世紀のトルテカ人侵入の際の殺戮風景だと言われているらしい。

<聖なる泉セノテ>
チチェン・イツァーのセノテはユカタン半島最大規模であるだけではなく、神話に彩られた聖域でもある。日照りが続くと、若い処女が様々な貢ぎ物と一緒に、生け贄としてこの泉に投下された。また疫病が流行した際にも、遠方から巡礼者が訪れ、生け贄や財宝を捧げたという。1911年アメリカ領事トンプソンが調査した結果、21体の小児、13体の成人男子、8体の女性の骨が、黄金細工や翡翠などと一緒に発見されたという。
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by bluecult | 2005-04-30 15:20 |  ┣メキシコ
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